移住しちゃう?

石巻への移住を考える人へのヒント集

vol.6

2016.03.08

移住者の3.11

東日本大震災から5年。

今回は、半年前に東京から移住してきたライターSによる

3.11直前レポートをお届けいたします!

【震災と共に生きる】

移住前にも、ボランティア活動のため何度も通った石巻。

いざ暮らしてみると、本当に人が少ないことを実感します。

駅近くの商店の多くは、シャッターが閉まり、

買い物したり、ランチをとる場所も少ない。

開けていてもお客さんが来ないので、

早じまいをするというお店も少なくありません。

しかし、慣れてしまうとそれもシンプルでよい、ということになり、

逆に、東京での暮らしがいかに消費と密接だったかを知ることになりました。

何より、海や山の幸に恵まれた石巻では

それほどお金を使わなくても、おいしいものがたっぷりと頂けるということ。

食生活は格段に、豊かになったと感じます。

仮設の商店街にも買い物客の姿は少ない

仮設の商店街にも買い物客の姿は少ない

 

地元の新聞やテレビでは、

今でも毎日、震災関連のニュースを見ない日がありません。

全国版と見比べると扱う内容があまりに異なるので、

同じ国内でも、常識や考え方がまったく違ってしまうのではと少し心配になります。

東京ではほとんど見なくなっていた震災関連のニュース。石巻では毎日濃厚に報じられる

同じ日の新聞でも、全国版と地方紙では扱うニュースの内容や大きさがまったく違うのに驚く

 

震災が、人々の暮らしや価値観の土台にしっかりと入り込み、

「あのできごと」と共に生きるのが当然になっている被災地。

時間によって部分的に癒されることはあっても、

忘れたり、なかったことにはけしてならない。

直接的には被災していなかったとしても、

石巻で暮らすということは、

まさに「震災」と共存していくことだと感じています。

トラックのはるか上に、津波が来たことを示す標識が

トラックのはるか上に、津波が来たことを示す標識が。こうした光景がそこかしこに

 

たとえばそれは、生死を身近に感じることだったり、

よくも悪くも人の本質に触れ、

さまざまなことを考えさせられる機会が多くなるなど。

それを重くて辛い体験ととらえるか、

学びの多い貴重な体験ととらえるかは人それぞれですが、

私のような移住者はおそらく後者だろうと思います。

そして意外にも、同じように考え、移り住んできた人が

ここ石巻には少なくありません。
【復興は進んでいるか】

復興は進んでいますか?とよく聞かれますが、

場所によって高いビルがたくさん建ったところもあれば、

震災直後のまま放置されているエリアもあって

一概には答えられません。

建設ラッシュの街なか

建設ラッシュの街なか

 

普段暮らす街なかには、

寂しいながらも人の生活が戻っていますが、

海沿いを歩けば圧倒的な光景に今なお胸をつかれます。

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石巻駅から徒歩圏内でもまだまだ荒廃した景色に出会う。写真は北上川沿い

さまざまな理由で取り壊されず放置されている空き家もちらほら

さまざまな理由で取り壊されず放置されている空き家も

嵩上げ工事が進む海沿いのエリア

嵩上げ工事が進む海沿いのエリア

 

海沿いにあった街は何もなくなり、土が盛られて嵩上げ工事が進む

海沿いにあった街は何もなくなり、土が盛られて嵩上げ工事が進む

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海側から見た石巻の街なかエリア

 

移り住み、支え、支えられる街となった石巻。

震災の記憶という重い試練があるからこそ、

人とのつながりや縁、恵まれた出来事などが

光り輝いて見えることがあります。

生きているのが当たり前ではない、

ということに目を留めれば、

多少のことはちっぽけに感じます。

これもまた、震災が影響した私の価値観の大きな変化です。

【311が近づいて】

そして、今年もまた3月11日がやってくる。

すでに2月に入った頃から、

静かな緊張感が人々の心を浸食していくのが分かりました。

普段は閑散とした街にも、

カメラを持った取材者たちが急に姿を現すようになっています。

石巻の街を一望する日和山は、3月になると訪れる人が一気に増える

石巻の街を一望する日和山は、3月になると訪れる人が一気に増える

 

3月11日は、全国的には東日本大震災が起きた日ですが、

東北の人の多くにとっては、具体的な誰かの命日です。

イベント的に「祈る」のではなく、

「喪に服す」という重みをもって迫るその日。

移住者である私にとっても、

この街でどう生きていくのか、

立ち止まって初心に戻る、大事な一日になりそうです。

5年前のあの日、多くの人が駆け上がり避難した日和山の階段。誰から石で『FIGHT』の文字を

5年前のあの日、多くの人が駆け上がり避難した日和山の階段。誰かが石で『FIGHT』の文字を

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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