我ら、ぼにぴん人

石巻で新しいコトを始めたり、これから始めようとする人たちのスピリッツをご紹介。

vol.02

2016.01.05

『浜の仕事を変える開拓者に』豊嶋純さん

全国的にも牡蠣の産地として有名な石巻。

市場では、高級なイメージがあるけれど、

牡蠣を育てる漁師が得る収入は、とても少ないのが現状。

今回の『ぼにぴん人』・豊嶋純さん(35歳)は、

そんな牡蠣漁師の未来を変えていきたいと考えています。

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豊嶋純さん。牡蠣漁師の必需品、船とフォークリフトと共に

 

【自分に何ができるのか

以前は、学習塾の講師だった豊嶋さん。

震災当日も、

自宅で大きな揺れを感じたが津波が来るとは思わず、

いつも通り授業をするため、街なかへ向かった。

約1時間後。

豊嶋さんの車が海沿いの日和大橋(ひよりおおはし)に乗ったとき、

行く先の街に大量の水が入り込むのが見えたという。

「進むこともできず、戻ることもできず、

ただ車の中で、

目の前の海から大津波が寄せては戻る一部始終を目撃しました。

橋げたが壊れたら、自分も終わり。

本当に、生きた心地がしませんでしたね」

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旧北上川と太平洋が合流する付近にかかるアーチ形の日和大橋

 

そのまま一晩、車の中で過ごし、避難所へ。

数日後、やっとの思いで帰宅すると、

実家がある荻浜(おぎのはま)も壊滅的な状態。

家族は全員、無事だったものの

家業の牡蠣養殖の復活は、絶望的と思われた。

「周りのために何かやりたいと思いましたが、

自分も被災者で、できることがなかった。

塾の生徒で亡くなった子どももいる中、

自分に何ができるのだろう?という自問が

震災後、一年ぐらい続きましたね」

そんな中、父と一緒に牡蠣漁をしてきた弟が、

街へ働きに出ると言う。

だったら、自分がやろう。

豊嶋さんは地元のために働こうと決めた。

現在の荻浜

現在の荻浜。海沿いに並んでいた家や建物はすべて流されてしまった

 

【ハードで収入が安定しない牡蠣漁師の仕事】

荻浜の牡蠣漁は家族経営。

幼い頃から手伝いに駆り出され、

重労働だと知っていたが、

実際にやってみるとやはりハードだった。

毎朝6時には浜で共同の牡蠣小屋に向かい、

7時から昼2時まで一家総出で牡蠣の殻をむく。

もちろんすべてが手作業。

その後は、牡蠣を水揚げするため海へ。

朝から晩まで働いて、休みは日曜日だけとか。

素人には難しい牡蠣むき

ひとつひとつ手で殻をむいていく

 

季節になると一家総出での作業が続く

季節になると一家総出での作業が続く。数えたことはないがひとりで1日に1000個はむいているとか

 

【直販の道を作るだけでも変わるはず】

地元の仲買業者が取引する共販というシステム以外、

販路を持たない荻浜の牡蠣漁師。

共販に出した分は必ず買い上げてもらえるが、

値段は仲買人次第。

牡蠣は天候によってもとれる量が異なるうえ、

多すぎると、値段を安くたたかれてしまう。

「それでも、出せば現金になるので、

ひたすら殻むき作業に追われる生活。

天候や価格に降りまわされ、

他のやり方を考えたり、試してみる余裕がなく

いつまで経っても生活がよくなりません」

奥に見えるのが荻浜の共同牡蠣むき小屋

奥に見えるのが荻浜の共同牡蠣むき小屋

 

他の地域には、

直接、消費者に販売する仕組みを持つ漁師もいる。

しかし、家で漁師をする男手がひとりという家が多い荻浜では、

販路や他の方法を模索するため浜を離れることが

即、一家の収入減につながっていく。

「たぶん、みんな分かっていてもできないのだと思います。

うちは、父と僕、弟も帰ってきて漁師が3人。

僕が新しい仕組みや販路を作っていけば、

浜の将来も変わっていくと思うんですよね」

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大粒で質が高いと評判の荻浜の牡蠣。しかし共販では、漁師に入る収入は1個につき数十円程度

 

共販で買われる牡蠣は加工品の材料になることが多く、

とにかく大量に求められる。

そのため、食材ではなく、

モノを扱っているような気分になることがあるとか。

「工場で、部品を作っているような感覚になるときがあります。

消費者の顔が見えないから、

自分たちが作る牡蠣は本当に喜ばれているのかと

疑問もわいてきてしまう」

これでは後継者が出てこなくても無理はない、と豊嶋さん。

荻浜の牡蠣を食べて「おいしい!」と目を輝かせる

震災ボランティアたちの笑顔に勇気を得て、

消費者の顔が直接見える販売方法を模索。

牡蠣漁師の収入をあげ、誇りを保てる道を作りたいと起業を目指し、

現在は、浜にある自宅前に加工場兼販売場のスペースを準備中だ。

自宅前に準備中のスペース。ここで加工や販売を行いたいと考えている

「牡蠣の養殖、販売やツーリズムも合わせた事業を考えたい」と豊嶋さん

 

今月のぼにぴん人

豊嶋純さん(35歳)

石巻市荻浜出身。高校卒業後、仙台のレンタカーショップに就職。5年後に塾の講師に転職し、石巻に戻る。東日本大震災を機に2012年、家業の牡蠣漁師に転身した。

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