我ら、ぼにぴん人

石巻で新しいコトを始めたり、これから始めようとする人たちのスピリッツをご紹介。

vol.5

2016.06.20

被災企業がつながり、共に復興を~松本俊彦さん 

震災後、石巻を代表する水産加工会社が手を結び、

各社自慢のアイテムを詰め合わせ、セット商品として販売。

消費者に強く「石巻」を印象づけ、

産業復興の牽引役となってきた『一般社団法人 石巻元気復興センター』。

その代表理事を務める(株)松弘堂の社長、松本俊彦さん(52歳)に、

今までとこれからについて聞きました。

0_fukko_all

本社や工場が海の近くにあり、津波で大打撃を受けた石巻の水産加工業。その経営者たちがタッグを組んで販路開拓などに奔走してきた『石巻元気復興センター』

 

【共に立ち上がろう!被災企業に呼びかけた】

東日本大震災では、松本さんが経営する印刷会社も全壊。

会社を整理するため、いったんは約20名の従業員を全員解雇せざるをえなかった。

「被災後1週間で再起を決意したものの、自分ひとりではとても無理。

おそらくそれは、他の経営者も同じだろうと考えました」

だからみんなとつながって、情報交換をし、共に再起を目指したい。

そこで松本さんは地元の国会議員に

自分たちの状況などを伝える要望書を提出することを考え、

大きく被災した経営者たちに声掛け。

4月に入る頃には、食品加工会社をはじめ、

自動車会社や飲食店など、多業種約30人が集まっていた。

事務所

被災直後の松本さんの会社

 

【地域の復興に貢献することが自社の再建につながる】

「特に、工場や機械が被災した水産加工業者は途方に暮れていました。

体ひとつでは何もできない、それは僕の印刷業も同じこと。

先が見えないあまり大型免許を取得し、

ダンプの運転手になろうかと本気で話したこともあったけど、

やっぱりなにか違うなあ……と」

そんな時、青年会議所に所属し、

街づくりなどにも関わったことがある松本さんの元には、

全国からたくさんの支援物資が集まってきていた。

自分のところだけでは処理できないと、会社の泥かきをするかたわら、

毎日支援物資をトラックに積み、避難所などに配って周った。

「その時ふと、もしかしたら自分は、

こういうことをやらなきゃいけない人間なのかもしれない、と思ったんです。

地域に貢献することよって、自分の仕事や会社も生かされていく。

自分のことよりも、まずは地域の復興が先だと優先順位が決まりました」

5月には、支援物資の配達を終了させ、産業復興を目指して

これから出てくるであろう補助金などの情報収集と発信に専念。

被災した経営者たちと共有する、自前の勉強会を続けた。

午前中は被災した自分の会社の掃除、午後は支援物資を配達する生活を1カ月続けた

午前中は被災した自分の会社の掃除、午後は支援物資を配達する生活を1カ月続けた

 

しかし、だんだん復興業種のメンバーは減っていく。

建設や自動車業関係の会社には、仕事が入るようになっていた。

「秋になって気がつくと、残ったのは水産加工会社の面々と自分だけでした。

それで、このメンバーで一緒にできることは何かと考え始めたんです」

各水産加工会社も単体では、イベントなどに足を運び、

被災を免れたわずかな機械で作れる商品や在庫を売り歩いてはいた。

しかし、こんなことをいつまで続けるのか……。

経営者たちの疲れはピークに達していた。

「それで、みんなの商品を詰め合わせ、セットで販売したらどうだろう?と提案。

すると、その作業を自分たちでやるのは大変だ、という話になったんです。

だったら、発送業務やパンフレット制作などの情報発信は印刷屋の僕がやりますから、

みなさんは商品だけ提供してくださいとお願い。

2011年12月には一般社団法人を立ち上げ、

複数の会社の商品がひとつになったセット商品の販売をスタートしました」

まもなく2週間で1000件以上など、突然注文が殺到し、発送作業は多忙を極めた。

松本家は妻と娘の家族総出、ボランティア団体にも頼みこみ、

ひたすら商品の発送に追われる日々が続いた。

石巻を代表する食品メーカーの商品がまとめて手に入るセット「絆」

石巻を代表する食品メーカーの商品がまとめて手に入るセット「絆」

 

「そうこうするうち、いろんな話をいただけるようになりました。

大手企業の消費者プレゼントなどに使ってもらい、大量の発注をいただいたこともあります。

また、駅での販売会やイベント、大きな展示会などには、

販路開拓のチャンス!とメンバーみんなで出陣。

5~6ブース分をまとめて『石巻』の看板を掲げることで、

見え方にもインパクトがあったと思いますね」

大阪シーフードショー集合写真

震災前はライバル同士だった同業者たちが、

遠征旅行のような形で月に何度も、3日~1週間寝食を共にし、

酒を飲んで語り合うことで仲間という感覚が生まれた。

「もちろん、考え方の違う人たちを同じ場所に集め、

足並みを揃えてもらうのは、至難の業。

しかし、みんなでまとまって『石巻』というブランドを強くしていったほうが、

結局はそれぞれの会社のメリットになる。

そこをしっかり理解していれば、ライバル同士でも、

大きな目標に向かって一緒に走ることはできると思います」

 

【5年が過ぎ、次のフェーズへの過渡期】

『一般社団法人 元気復興センター』では、

2014年の夏から「ハラル」対応商品の開発もすすめている。

halal_header

元気復興センターのハラル対応商品オリジナルマーク

 

「ハラル」とは、牛、豚、鶏肉など動物性のものや

アルコールなどを一切口にしないというイスラム教徒の食習慣。

国際化が進む近年、日本でもハラル食の導入は

新たなマーケット開拓につながると注目されている。

 

石巻でも差別化をねらおうと、

松本さんはメンバーの経営者たちにハラル対応の商品開発を提案した。

「正式な認証まではまだとらなくてもいいから、

イスラム教徒でも食べやすい商品を作りませんか、と話しました。

すると10社が、やってみよう!と手を挙げてくれたんです。

もともと水産加工品だから魚がメイン、

調べると、そのままでもハラル対応になっている商品がいくつかありました。

難しかったのは、味付けに使用していたダシやドレッシングから、

アルコール分や動物性のものを抜くこと。

特にアルコールは、抜くと極端に消費期限が短くなったりして、

その代替え案を考えるのが大変でしたね」

ハラル対応商品の開発には、まず食材の生産過程を3段階ほどさかのぼり、

すべての原材料をリストアップ。

それを専門家にみてもらい、本当に禁止のものが入っていないかどうかの判断をあおぐ。

合格した商品には、ハラルを示すオリジナルシールを貼りつけて販売することにした。

DSC_0031 (2)

最初の半年間で15アイテムのハラル対応商品が完成した

 

展示会に出してみると、複数の会社が寄り集まって、

地域ぐるみでハラル対策に取り組んでいるチームは他になかった。

イスラム教徒の人達が普段食べているものを作るのではなく、

あくまでも石巻の味で、彼らにも好まれるものを作るというスタンスも「珍しい」と注目を集めた。

ムスリムの人達による試食会

商品開発には、イスラム教徒による試食会も開催。石巻の味はおいしいと評判に

 

2015インターナショナルシーフードショー

ハラル対応商品の開発に手を挙げた会社のメンバー。一丸となって展示会にも出店

 

仙台で行われた『国際防災会議』にて、各国のゲストを迎えるレセプションメニューに『元気復興センター』のハラル商品3品が選ばれた

仙台で行われた『国際防災会議』にて、各国のゲストを迎えるレセプションメニューに『元気復興センター』のハラル商品3品が選ばれた

 

IMG_0520

国際防災会議のレセプションパーティ。各国ゲストに評判だった

 

「それで少しづつ、

国内のムスリム向けレストランなどから注文が入るようになりましたが、

ヒットに火をつけるにはやはり、正式な認証をとらないと無理。

しかし認証の基準は本当に厳しくて、

生産の一部をハラル専用に作り替えなければいけないなど、

多大な設備投資が必要になってきます」

現在は専門家の話を聞くなどして、かかる費用を調査中。

近いうち、新たな設備投資をしても認証取得を目指していくかどうか、

各社の意向を聞く段階になっていると松本さん。

「多大な投資が必要となる計画で、簡単に足並みが揃うとは思いません。

しかし、震災から5年が経ち、支援や応援で買ってもらえた時期は終了。

せっかく再起しても、新しいことを仕掛けていかなければ、低迷していく一方です。

水産加工業が元気でなければ、石巻の元気はありえない。

そのためにできることがあれば、

僕はこれからもチャレンジし続けたいと思います」

松本さんの会社、(株)松弘堂は震災直後にいったん解雇した約20人の従業員を呼び戻し、現在は仮設事務所で営業を続けている

松本さんの会社、(株)松弘堂は震災直後にいったん20人全員を解雇したが、その後約半分の従業員を呼び戻し、現在は仮設事務所で営業を続けている

 

 

今月のぼにぴん人

松本俊彦さん(52歳)

(株)松弘堂代表取締役社長。石巻生まれ。東北学院大学卒業後、仙台でコンピュータの営業職に就く。27歳で石巻に戻り、家業である現在の印刷会社に入社。38歳で社長に就任する。47歳の時、東日本大震災で会社が全壊するも、まもなく再建。2011年12月からは、石巻で被災した水産加工会社が集結する『一般社団法人 元気復興センター』の代表理事と石巻の中心市街地に生鮮マーケットの建設を目指して『株式会社元気いしのまき』の代表取締役副社長を兼務 

我ら、ぼにぴん人